ワーホリ→学生でオーストラリア3年目!27歳MC Junの自己紹介

WORKING HOLIDAY

どーも、オーストラリアゴーストライターやってるMC Junです。
いきなり登場したんですが、これからたまに記事を投稿します。

文章を書くのは苦手なので読み辛いことも少なくないと思いますがよろしくおねがいします!
ってことで今回はオーストラリアでの経験を中心に今までどんなことをしてきたのか書きたいと思います。

名前: MC Jun
年齢: 27歳
出身: 沖縄
趣味: スポーツ(野球、バレーボール、バドミントン、ボウリング、ゴルフetc…)、ギター、ダイビング、写真、マジック、釣り etc… 多趣味です。
オーストラリア歴: 2年半(ワーホリ、2ndワーホリ、観光ビザ、学生←現在)

24歳でオーストラリアに来て1年で帰るはずが、気がついたら3年目に突入していました。シドニーには約1年半住んでいて現在は学生やってます。シドニーでは、学生をしながら仕事を2つ掛け持ちして、週末は野球や釣りをして仲間達と楽しい日々を送っています。たまに休日があると、ビーチにいったり、カフェにいったり、飲みに行ったりしています。



日本での経歴

高校卒業まではずっと沖縄にいましたが、大学は神奈川県にある某A大学に進学しました。大学卒業後は、大学院進学を目指していたため、自衛隊をすぐに退職して大学院入試にむけて勉強しながら働いたりしていました。
結局、大学院には進学しなかったのですが自衛隊のあとは研究員、ダイビングインストラクター、塾講師、不動産などいろんな業種でいろんなことをしていました。

オーストラリアに来るきっかけ

きっかけは自分を変えたいとか視野を広げたいとか人生において重要ななにかアイデア的なものを見つけたいとかいろいろあったけど、オーストラリアに行こう!ってなったきっかけは単純に英語が好きで、海外の生活に憧れていたからです。

日本にいたときにやっていた研究員やインストラクター、不動産の仕事仲間やお客さんは外国人が非常に多くて英語を必要とする機会がめちゃくちゃありました。←これも沖縄特有なんですかね!?

そういう独特な環境の中で、

もっと英語を上達させたい!
もっとかっこよく英語を話したい!
ネイティブみたいに流暢に話したい!

という気持ちが日に日に大きくなっていきました。

習うより慣れろ!

まあ、日本の英語教育にも言えることなんですが、日本にいて文法やボキャブラリーをいくら勉強しても会話やメールなどのコミュニケーションにおいてその使い方が分からなければ宝の持ち腐れ!

今日のネット社会においては、どこにいても勉強はできるし英語も上達させることは可能だと思うけど、実際はモチベーションも続かないし何より360°日本語に囲まれた日本だとその環境に甘えてしまう。ってことで、何事もならうより慣れろ!

英語以外でもなにか学びたいときはその環境に飛び込んでしまうのが一番!そうすれば周りの環境すべてが勉強材料!
だから色々調べてオーストラリアに行くことを決意しました。

鉄は熱いうちに打て!

ワーホリでオーストラリアに行くことを決意した当時の口癖です。なので渡豪を決めてから1週間ぐらいで仕事をやめて2週間ぐらいで飛びました。

ワーホリに行くなんて思ってもいなかったし特に今後の予定もなかったので貯金も情報もほとんどありませんでした。なので2週間の間に色々調べながらバタバタと準備しました。もちろん、貯金はないのでエージェントなどには一切頼らず全部自分でやりました。

そんなこんなで出発までになんとか準備を終わらせて最後の給料の10数万円を握りしめてブリスベンへ飛びました。ちなみにその当時シドニーとメルボルンぐらいしか知らなかったのでブリスベンは聞いたこともありませんでした。でも、調べてみると国際線が発着してるし一番安かったのでテキトーに決めました(笑)
とりあえず行けばなんとかなると思ってました(なんくるないさ~精神炸裂)。

憧れの海外生活?in ブリスベン

一番安い飛行機で来たので(笑)台湾とシンガポールを経由して約20時間かけてブリスベンに到着しました。到着するとすべてが新鮮で初めて見るものばかりなのですぐにオーストラリアに来たんだなっていう実感が湧いてきて長旅の直後だったけどその疲れも忘れてドキドキわくわくでテンションが上がったのを覚えています。

ブリスベンに到着して1週間はバッパーに滞在してその間に携帯の購入、銀行口座の開設、TFNの申請、RSAとRSGの取得、家探し、仕事探しなどをしながらバッパーで仲良くなった人たちからいろいろ有益な情報を集めたりしてました、観光も特にしないで(笑)

運良くバッパーを出るその日にシェアハウスに入ることができてそこから約一ヶ月半住んでいました。

最初の1週間は順調! あとは仕事探しと友達作り!
やっぱり目指すはローカルジョブ!!!

コミュニケーションが取れるほどの英語力はあったのと最初のモチベーションが高いのとでローカルジョブ一本に絞って仕事を探していましたが結局ブリスベンにいる間は見つけることができませんでした。
学校には行っていないし、シェアハウスはオーナーと2人だしでブリスベンでは友達も1人もいませんでした。なので毎日ひとりで仕事探しに明け暮れていて気付いたらレジュメを150枚ぐらい配ってました。

昼間は色んな所に行って仕事を探したり、夜はレジュメの書き方を研究したり求人情報をチェックする毎日が続いていましたが、成果はほぼゼロ・・・。

そんな感じでお金と時間だけを無駄にしていく日々を送っていたのですがこのままでは行けないと思い、先にファームへ行ってセカンドを取りに行こうと決意し、仕事探しからファーム探しに切り替えるとすぐに見つかりました!!!

ファームの探し方も参考になるかわかりませんが書いたのでこちらをごらんください。

毎日が修学旅行!in バンダバーグ

ってことで情報と貯金とセカンド取得を目的にブリスベンから北へ電車で約四時間のところにあるバンダバーグのトマトファームに行ってきました。ファームでは沢山の人が働いていて日本人以外にもオージー、台湾人、香港人、マレーシア人、トルコ人などたくさんの友だちができました。

シェアハウスはバンダバーグのCBDの近くで立地もよく、敷地内にユニットが8つほどあり同じファームで働いている人たちが住んでいたので毎日のようにみんなで集まってご飯を食べたり、映画を見たり、ゲームをしたりとほんとに修学旅行のような感じでした。

仕事は毎日朝の5時過ぎから始まって昼の2時〜3時ぐらいまでで慣れるまでは少し大変でしたが、慣れてしまえばそんなに大変でもなかったというか楽しかった記憶しかありません。仕事中はみんなでしりとり的なゲームをしたりおしゃべりをしながらダラダラやっていてそんなにキツイことをしたことも殆どなかったと思います。

休日になるとみんなでお酒を飲んだり、釣りに行ったり、観光したりとかなりファームライフをエンジョイしてました。

ファーム生活についてもまた別で詳しく記事にしようと思っています。

ちなみにトマトファームと書きましたが、トマト以外にもズッキーニと2種類のカプシカム(ピーマン?パプリカ?的なやつ)があったので毎日のように仕事があり、ある程度は貯金できて、3ヶ月半ぐらいで実働100日を達成しました。

ファームで仲良くなったみんなとの別れは嫌だったけど実働100日でファームを出ることを決意してとりあえずシドニーへ向かいました。

シドニー生活その① 念願のローカルジョブをGET!

ファームはだいぶ田舎だったので初めてシドニーに到着したときはまさに大都会!!!人も多いし建物は全部高いし車もバンダバーグの80倍ぐらい走ってました。そんな感じで大都会に圧倒されながらシドニー生活は始まりました。

ちなみになぜシドニーにしたかというと、ファームやバッパーにいたときの友達から「仕事もたくさんあるしローカルジョブもきっと見つかるよ!」とアドバイスを貰ったからです。

しかし、ブリスベンで仕事が見つからなかったことが若干トラウマで、だいぶ心配していました。
でも、そんな心配は要りませんでした!

家もすぐに見つかったし、先にファームを終えてシドニーに来ていた友達もいたのでシドニーのことをいろいろ教えてもらいながら結構順調にシドニー生活はスタートしました!

しかも、

なんとなんと!

1週間ぐらいでずっと憧れていたローカルジョブもゲットできたのです!!!!

どういう仕事かというと日本人は1人しか働いていないシドニーでは結構大きめの会社のデリバリードライバーです!

そこからは毎日気楽に色んな人達と楽しく仕事してました。デリバリーのコースも決まっていなかったので毎日違う場所へ行けたのでシドニーの地理はほぼ完璧!ローカルの人たちより詳しくなりました。
ローカルジョブの詳しい仕事内容や見つけた方法などなどもまた別の記事で詳しく書きたいと思います。

その他にも1回目のシドニーでは、空手を始めて大会に出てみたり、Darling harbour で毎年12月はじめに開催されるJapan Festival でちょこっとMCをしたり、車を買ったり、旅行してみたり、毎週のようにみんなで飲みに行ってみたりと出会った人たちのおかげでだいぶ充実していました。

そんな感じで楽しかったシドニー生活も気がつけば9ヶ月ぐらい経っていたので、せっかく車も購入したしファームで出会ってシドニーでもずっと仲良くしてた友達と二人で旅に出ることにしました。ラウンド的なことにあこがれていたのです。

シドニー出発!とりあえず南へ。

完全無計画な旅でした。どれくらい無計画かというととり「とりあえず南下する!」ぐらいしか決まっていませんでした(笑)

なので、移動中にいきなり「キャンベラの近く通るみたいだから寄ってみるか」とか「なんか面白そうな名前の街があるから行ってみようか」ってことはしょっちゅうでした(笑)

なんだかんだでメルボルンに到着するとせっかくメルボルンに来たし1週間ぐらい観光でもしてみようかと一週間の予定が楽しくなってきて結局1ヶ月ぐらいいました(笑)その間はいつ出るのか分からなかったのでSt Kildaにあるバッパーを1週間ずつ更新していました。

毎朝起きると共同のキッチンで朝食を食べてコーヒーや紅茶を飲んでいると、いろんな人たちが入れ代わり立ち代わりやってくるのでみんなで話をしたりしてダラダラするというのが日課になってました。その後に街をぶらぶらしたり観光してみたりとメルボルンのスローライフを楽しんでました。

日本人は他にいなかったけどかなりインターナショナルでみんな旅の最中なので親近感が湧くし、いろいろ情報交換もできました!

もちろん、シドニーのこともめちゃくちゃ宣伝しました!!こういう交流が気さくにできるのがバッパーのいいところの一つでもあるかもしれませんね。そんな毎日をダラダラと過ごしていたある日、友達が「面白そうなもの見つけたから行ってみない?」と言ってきました。

MC Jun
「じゃあ、明日出発するか!」

デイリーファームLife in グレートオーシャンロード

ってことですぐにメルボルンを出て、Dairy Farm(酪農のファーム)に行きました!!

普通、オーストラリアでファームって言ったら野菜やフルーツだけど酪農のファームなんて聞いたことないし、なかなか経験できることじゃないから面白そうって思ってとりあえず行ってみることにしました!

しかも、Great Ocean Roadのすぐ近く!ってか住所が29xx Great Ocean Road, Nirranda south でGreat Ocean Road 沿いでした!!!!

酪農のファームの話も今度詳しく書きます。

軽く説明すると、東京ドーム20個分ぐらいの広大な土地に2トンぐらいある牛が約400頭!

電気とガスがギリギリ通っていて水道は通ってないし、隣の家までは車がないといけないし、買い物ができるところまでは車を飛ばして40分以上というバンダバーグが都会に見えるぐらいの田舎でした。
その生活はというと、朝(3時半〜4時起き)のシフトと昼(3時頃)のシフトの2つあって毎回400頭の牛のミルキング(搾乳)をしてました。

単純作業と思いきや、〇〇の牛はミルキングしてはいけないとか注射しないといけないとか別のところに隔離しないといけないとかイレギュラーなことは日常茶飯事だし、毎回なにか一つはトラブルが起こるし、それを全て英語で指示されて英語で説明しないといけないのでなかなか慣れるまでは大変でした。

それ以外にも、子牛の世話や妊娠中の牛の見回り、ワイヤーの張替え、バギーの修理、毎回その状況に合わせた餌やりなどたくさんの仕事があり普通に生活していたら経験できないことばかりでした。
結局、約3ヶ月いましたが、一通り経験して仕事ができるようになって、次の旅へ出発することにしました!

シドニー生活その② Back to Sydney!

ってことで、今度は北上してシドニーに戻りました。途中、メルボルンのカジノで小遣い稼ぎをしたり、面白そうな街によったりしながらシドニーに帰ってきました。約4ヶ月ぶりにシドニーに帰ると、仲が良かった友達はほとんどみんな他の都市に移動していたり日本に帰ったりしていて結構寂しい感じでした。

それでもなんとか引っ越しの仕事を見つけて一緒に帰ってきた友達と二人でダラダラ暮らしてました。ちなみに、働いていた引っ越し屋さんはタックスもスーパーもしっかり払ってくれる超優良企業!フルタイムで時給も$20だしブラック感は全くのゼロ!みんな優しいしいろんな経験ができて最高でした。

一ヶ月ぐらいして仕事も慣れてきたし他にもなにかしたいしコミュニティを広げたいと思って、野球をはじめました!!

オージーリーグでスモールベースボール

ってことで、日本人だけで作ったチームに入ってローカルリーグに参加してオージーと戦っています。
毎週土曜日に試合があって昼過ぎからダラダラ始まります。オージースタイルですね。でも、みんな真剣に取り組んでいて我がチームは4シーズン連続で優勝しています!
みんなで楽しい雰囲気の中で声をだしたりしながらアップをして、試合へ向けてテンションを上げていきます。

オーストラリアは野球後進国で、相手選手のプレーを見ても基礎基本が全くできていない状態です。でも、そこは持ち前のパワーと身体能力でカバー! 我々日本人と比べると、身体は大きいし積極性が違います。
そんな中で日本人ならではのスモールベースボールを実践し、細かい1プレーを大切にしてオージーたちに立ち向かってます!

ちなみに、日本人リーグの軟式野球チームにも所属していてそこでも毎週試合をしています。

ニュージーランドからとんぼ返り!

そんな感じで第2のシドニーライフを楽しんでいるとセカンドビザの期限が迫ってきました。

ワーホリが終わったら帰ろうと思っていたけど、今日本に帰ってもやりたいこともないし、シドニーライフが楽しくなってきたところだったのでこのまま帰るのはもったいないとおもい、観光ビザに切り替えることにしました。

一度ニュージーランドに行ってすぐに観光ビザを申請して戻ってくる計画でした。観光ビザなら簡単に取得できるし、3ヶ月も延長できると軽く考えていました。

しかし!!!

周りの友達たちからはかなり止められました。というのも、ワーホリが終わって滞在を延長したいから、ワーホリの後に観光ビザに切り替えるのは、誰もが考えることで最も再入国を拒まれる可能性が大きい危険なルートだそう。特にセカンドワーホリで2年もオーストラリアにいたのに、ニュージーランドに行ってそのままオーストラリアに観光ビザで戻るなんて、「違反に働こうとしてる」とみなされやすいそうです。

なのでネットで調べてみると…入国拒否された話や三年間の入国禁止のペナルティが課せられた話など大変な話がたくさん出てきました!!(笑)

でも、ネットには悪い噂しか書かれてないし、入国できた人がわざわざ入国できたことを書かないだけだろう!と非常に安易に考えていたためセカンドワーホリビザが切れる当日にニュージーランドへ飛び、二泊三日でオーストラリアに観光ビザで再入国する計画を立てました!

今考えるとかなりクレイジーです(笑)

でも、結果的に何事もなく帰ってこれました!!!!

ニュージーランドの話も詳しく別の記事にしたいと思います。

学生ビザの申請

正直なところ、勉強したいわけではなかったのでビザ取り学校を探しました笑

ただもう少しだけシドニーにいたい!ってことだけだったのでできるだけ安くて、出席日数が少ない学校を探しました。何ヶ所かエージェントを回ってお話を聞きましたが、どこのエージェントも同じような学校を紹介してくれたので、知り合いが働いていて、国家資格を持ったビザコンサルタントのいるところにしました!

中国系や韓国系、その他アジア系のエージェントで探せば、もっと安くて条件の良い学校もいくつかあったと思うのですが、ちょっとめんどくさかったので、、、笑

ワーホリ、セカンド、観光ビザを経て更に学生ビザの延長となるとなかなか厳しいかと思いましたが、某エージェントさんのおかげで申請から2日後に無事におりました!!!

このビザが下りたことによって1年半滞在を延長することができました。なので、2019年11月ぐらいまでシドニーにいることができるのです!!大好きなシドニーに長く滞在できるので非常に嬉しいです!

今後の目標

せっかく大好きなシドニーにあと一年半いるのでシドニーライフを楽しむのはもちろんのこと、なにか目標を持って一つ一つ達成して少しでも成長しなければビザの延長も無意味になってしまいます。

なのでいくつか目標があります。

大した目標でもないですが一つずつ確実に達成したいと思ってます。

1・英語力アップ! → IELTS 6.0以上を目指します。
2・会社の発展! → 今やっている事業を大きく成長させます!
3・打率.300以上! → 硬式、軟式両方での達成を目指します。
4・貯金する! → 2万ドルくらい貯めます。
5・シドニーマスターになる → シドニーのことなら俺に任せろ!っていうくらいになります。

細かいことはもっとたくさんありますが、こんな感じでしばらくは頑張りたいと思います。

おわりに

非常に読みづらかったと思いますが、最後まで読んでいただきましてありがとうございます。

文章を書くことがとても苦手なので書きながら自分でもよくわからなくなったりしました(笑)

これからはもう少し良い記事がかけるように勉強しておきます。

より有益な情報を発信できるように、今まで経験してきたことを踏まえて私自身の視点で様々な記事を書きたいと思いますのでよろしくおねがいします。

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MC Jun

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